異国の香りと屁理屈問答



山々を彩っていた秋の使いもすっかり地へと還り、早朝の池にも
薄く氷が張ろうかという気候になった。
ぱたりぱたりと自力で寝返りを打つようになった祐太が、その反動で
蹴飛ばした布団を掛けなおしていたセイの耳に来客の声が届いた。

「お〜い、清三郎、いるかい?」

ぱたぱたと応対に出ると毎度の事ではあるが浮之助がニヤリと笑んで
片手を上げている。

「よぉ、遊びに来てやったぜ」

「浮之助さん・・・そんなにお暇なんですか?」

セイが深い溜息を吐くと浮之助がフンと鼻を鳴らした。

「冗談じゃねぇ。忙しくて忙しくて目が回りそうな合間を縫って、
 面白いもんを持って来てやったんだぜ」

その言葉と同時に外からのっそりと男が現れた。
背中には何やら大きな荷を背負っている。

「貴方は・・・」

セイが何かを言う前に浮之助が草履を脱いで背後の男にも自分に続くようにと
合図を送った。
すでに熟知したこの家だ。
セイの案内を待つことも無く居間へとズカズカと足を進めた。




「ここに置いといてくれ」

浮之助の言葉に従って背中の荷を降ろした男が改めてセイへと頭を下げる。

「新門の頭んとこのヤツでね。ツラはごついが気のいいヤツなんだぜ」

「松蔵と申しやす。お見知りおきを」

じっとその顔を見ていたセイが、ポンと手を叩いた。

「一度お会いした事がありますよっ! お芳さんと浮さんと一緒の所を
 見かけた事があります」

あれはまだ浮之助と出会ってそう経っていない頃だった。
日米通商条約調印のゴタゴタで将軍家茂が東帰するしないと揉めている時期に
京の街中で悪酔いした浮之助をかついで去っていったのだ。
そういえば一緒にいたお芳は新門の頭の娘であり、浮之助の恋人と言われている
女性だったと思い出す。
これだけ周知の事でありながら、正式な側室という扱いでない事が不思議だと
セイが首を捻るが、殿様の恋愛事情に首を突っ込む気は無かった。

「知ってるならいいさ。松蔵、荷物は後で取りに来な」

「へい、では」

浮之助に向かって頭を下げ、松蔵は帰っていった。





「相変わらず良く寝るガキだねぇ」

くぅくぅと小さな寝息を立てて無心に眠る祐太の頬を優しく突きながら
浮之助が吐息だけで笑う。
江戸にいた頃も京に来ても邸内に赤子などいなかったし、たまに町人姿で
町を歩けば母の背に負われた赤子はぎゃんぎゃん泣くばかりの、
どうにも騒々しい存在でしかなかった。
それがこの子供に限ってなのかはわからないが、腹が減れば当然泣くが
乳を与えられて腹が満ちれば大人しく眠り、尻が濡れればまた泣くが
襁褓を代えてもらってスッキリすればまた眠る。
実に大人しく手のかからない赤子に思えた。

「そうでもないんですよ・・・」

セイが苦笑しながら浮之助に茶を出した。

「どういう訳か宵っ張りで夜泣きがひどくて・・・。総司様もこれではゆっくり
 休む事が出来ないのではないかと、気が気じゃないんですよね」

八木家の雅に相談もしたが、昼に眠りすぎている事が原因ではないかと言われて
昼間に起こしておくように注意をしていても、ふと目を離した隙に眠ってしまうのだ。
そうなれば幸せそうな寝顔の我が子を無理やり起こす事もしのびなくなり、
結局祐太が目覚めるまで眠らせる事になってしまう。
そしてまた夜半になると眠れぬとぐずって泣く事になってしまうのだ。

「ふぅ・・・。何だか色々うまくいきませんねぇ・・・」

セイらしくもない溜息に浮之助が口端を吊り上げた。



「沖田とケンカしたって?」

なぜ知っているのだというセイの表情に今度こそ声を立てて浮之助が笑う。

「はははっ、屯所で土方まで巻き込んで大喧嘩をしたとなりゃあ、俺の耳にも
 入ってくるさね。女房にベタボレで一方的にやり込められるのが常の黒ヒラメが
 一歩も引かず、未だに和解の糸口が掴めないとなれば尚の事」

楽しくて仕方が無いとばかりの笑声にセイの頬が膨らんだ。

「だって酷いと思われませんかっ? 私の話なんてろくろく聞かずに二人揃って
 我侭も大概にしろって怒鳴りつけるんですよ? 全くもうっ、頭が固いったら!
 二言目には『武家の妻らしくおとなしくしてろ』って、そればっかりで!」

憤懣やる方無いといったセイの声音が徐々に大きくなるのを、
浮之助が手の平を上げて遮った。

「おいおい、程ほどにしとかないとガキが起きちまうぜ」

はっと口元を手で覆ったセイが祐太の様子を窺うが、赤子は何事も無いように
すうすうと寝息を立てている。
ほっと安堵して声を抑えて言葉を続けた。

「我侭だとは判ってるんですけどね・・・。それでも自分が役立てるなら、
 やっぱり隊のために何かしたいって思っちゃうんですよ」



先日久々に屯所へと足を運んだセイが、一人の隊士の様子がおかしい事に
気がついた。
二番隊所属のその隊士は妙に左腕を庇っているように見えた。
傍にいた永倉に耳打ちすると心当たりがあったのか顔色を変えて
その隊士に近づき、強引に左袖を捲り上げた。
その下から現れた惨状に永倉もセイも目を剥いた。

十日ほど前の斬り合いで左腕に怪我を負った隊士はついつい治療を
疎かにしたという。
数日後傷口は膿み、腕全体が腫れて熱を持ち出したけれど、
どうして良いものやらと途方に暮れていたらしい。
その場で永倉に怒鳴り飛ばされ監視を連れて医者へ行ったが、
あわや腕を切り落とす騒ぎになる所だった。

総司の妻となってもセイが頻繁に屯所へと出入りしていた頃には隊士の怪我等、
健康面のほとんどを一手に管理していた。
斬り合いだけでなく、普段の稽古でも怪我人は後を絶たない。
怪我をした時にセイが屯所にいなくても、その状況は後々報告されて
回復の状況や薬の再配布など気配りを怠らなかったのだ。
確かに自分の身体の管理は自分の責任ではあれど、今回の事にしても
セイがいればもう少し早く異常に気づいたかもしれない。
それを考えると隊士時代のようには無理でも、せめて二.三日に一度程度は
屯所に行って内向きの仕事をしたいと思ったのだ。

けれど夫である総司と副長の土方にそれを言った途端、怒鳴りつけられた
・・・という訳だった。


「ふぅん・・・」

セイの話を珍しく茶々を入れずに聞いていた浮之助が、先程松蔵が置いていった
荷からごそごそと幾つかの道具を取り出した。

「・・・、何をしてるんですか?」

見慣れない道具に眉を顰めたセイを気にする事も無く、取り出した道具を
自分の膝前に並べていく。

「気にしないでいいからさ。話を続けなよ」

「続けろって言われたって、気になりますって」

「まあ、いいから。っと、湯はたっぷりあるよな?」

傍らに置かれていた火鉢の上では先程から鉄瓶がシュンシュンと音を立てている。
それを確かめて道具へと手を伸ばした。

「清三郎の言う事も判らなくはないけどね。沖田の妻ってだけで屯所内の仕事を
 我が物顔でやるってのも色々支障があるんじゃないの?」

「そう思ったから副長にお願いしたんですよ」

傷病人を看ている隊士達にしろ、掃除や洗濯の他生活上の細々とした事を
請け負っている小者達にしろ、セイの言う事をあれこれと聞いてくれる。
けれど元隊士で幹部の妻だから、というだけで彼らの仕事場に入り込む事は
やはり失礼だとも思う。
今後新しい隊士が増え、小者の中にも変動はあるだろう。
沖田の妻とはいえ外部の人間が口出しをするな、と思う者だって
出ないとは限らない。
それを考えれば臨時雇いという形でも、何らかの役についていた方が
セイも周囲も具合が良いと考えたのだ。


『隊の事が気になるのはわかりますけど、貴女は私の妻で祐太の母なんですよ。
 余計な事に気を回していないで、家の事だけに専念してください!』

『総司の言うとおりだ。お前はすぐに何にでも首を突っ込みたがる。
 少しは武士の妻としての自覚を持って、おとなしくしていろ!』

総司と土方が口を揃えて自分を諌める光景を思い出し、セイの眉間に皺が寄った。

「私だってあの時女子だってバレていなければ、今もあそこで働いていたのに・・・」

「おいおい。今の暮らしが不満だとでも言うのかい?」

苦笑交じりの浮之助の言葉に、ハッとしたようにセイが首を振った。

「とんでもないです。今は今でこれ以上無いほどに幸せだと思っていますよ!」

布に包まれた道具を一個一個その中から取り出しながら、浮之助が鷹揚に頷いた。
セイの気持ちもわからないではないが、今現在の境遇がどれ程幸いな事なのか
幸せに馴れすぎて見失っていない事に安堵する。
そんな男の内心を察した訳ではないだろうが、セイがぽつりと呟いた。


「駄目ですね・・・私は。総司様も副長も私の事を考えて言ってくださって
 いるというのに、自分の望みばかりを優先しようとして」

蓋となっていた油紙を丁寧に外した壷の中から黒い種のようなものを取り出し、
四角い箱に少しずつ入れては取っ手を回す男の姿を眺めながら、
セイが無意識に溜息を落とした。
その響きを拾い上げて浮之助が笑う。

「ったく相変わらず真面目なこった」

「そんなんじゃありません。ただ、私は自分の欲深さに呆れているだけです」

身を尽くしても悔いは無いとまで慕っていた男の妻となり、
子まで授かっていながら、まだその上を望もうというのかと。
家で愛しい子を育て、大切な夫の帰りを待つ。
それが正しい武士の妻たる姿だと重々承知していても、それだけでは
満足出来ない自分がいる。

「今更沖田先生の盾になるために刀を振り回そう、なんて考えはしません。
 この子を置いて命を放り出す事などできませんから」

無心に眠る祐太の髪を優しく撫でるセイの姿は、すっかり母親の物となっている。
それでも最愛の武士を語る時には『神谷』の心理に戻ってしまうのか、
無意識に『沖田先生』と呼ぶ姿が微笑ましくて浮之助が心持ち表情を緩めた。

「でもやはり隊のお役に、沖田先生のお勤めのお役に立ちたいと
 思ってしまうんです。この子と二人で家にいるだけなんて・・・。
 沖田先生達が命を懸けたお役目に就いている時に、
 ただ守られて過ごしている事が耐え難くて」

セイが切なげに眉根を寄せる。
握りこまれた拳が内心の葛藤を表しているようだ。

「我侭だとわかっています。沖田先生にも副長にも叱られました。妻たる者の
 本分を果たせ、女子の身を弁えろと。自分でも強欲だと思うんですよね。
 自分が満足するためだって。これほど皆さんに慈しまれて、大切にされて、
 それでもまだ不満があるだなんて・・・欲が深いにも程があると・・・」

わかっていても苦しいのだ、とその表情が語っている。
ゴリゴリと手元から音を響かせながら浮之助が喉の奥で笑った。


「人間なんざ誰もが欲の塊さ。近藤も沖田だってな」

「そんなっ! 局長は帝の御為、公方様の御為にと我が身を省みず
 ご奉公申し上げてますよっ! 沖田先生だって!」

「おいおい、興奮するなよ」

その言葉に激したあまり、声高になっていたセイが再び口元を押さえた。

音を立てて種を磨り潰していた動きを止め、それをサラシ布の袋へと
移し変えながら浮之助が話を続ける。

「アンタが近藤に心酔しているのは知ってるけどさ、近藤だって欲はある。
 自分の働きを認められたい、それなりの評価をされたい、そう思うことは
 欲って言うんじゃないかい?」

「けれどそれは働きを認められる事で、それ以後もっと働く場所を得られるからで」

「もっと働く場所が欲しい。そしてそこでも認められ、もっと上へ。それを欲と
 言うんだぜ。沖田にしてもそうだ。近藤のために命すら捨てて尽くしたい、
 そう思う志は確かに立派なのかもしれない。だがな、それも結局は欲だ」

「なっ! 沖田先生はっ!」

「まぁ、黙って聞きなよ」

粉になった物体をすっかり布袋に移し変えると、大き目の急須のような
器の上に据えて火鉢から取り上げた鉄瓶から湯を注ぎ始める。
まるでセイの勢いを削ぐようなゆったりした動きで浮之助が口を開いた。

「近藤がさ、沖田に『もうお前は不要だから、どこへなりと行け』と言ったら
 沖田はどうする?」

「それは・・・きっと腹を切るかと・・・」

自分が隊士だった頃の総司であれば間違いなくそうしただろう。
今のように妻子を抱えた状態であれば、どんな判断をするかわからないが。

「近藤が死ぬ事は許さないと言ってもかい?」

その問いにもセイはコクリと頷いた。
死んではならぬと言われようとも、それならば近藤に知られる事の無い場所で
恐らく思いを遂げる事だろう。
過去の自分がそう思っていたように。

「つまりはそういう事さ。近藤の為に働きたい、という己の欲に忠実なだけだ。
 どんなに徳の高い者であろうとも、『人の為に』と思って動こうとも、
 そうする理由はそれをする事で自分が満足するからさ。
 それ全て我欲ってもんだろう?」

セイにしても確かに浮之助の言葉は間違いでは無いと思う。
けれど素直に頷くのにはどこか抵抗がある。
複雑な表情で黙り込んだ。
それを目の端に入れながら浮之助は粉の上に円を描くように
少しずつ湯を注ぎ続ける。

「人なんざ欲の塊なんだよ。欲が無い者なんざ、死人と同じじゃないかい?
 アンタが恥じ入る必要なんざ無いってこった」

セイが目を見開いて浮之助を見つめた。
この男はぐるぐると話を引きずり回しながら、結局は自分を元気付けようと
していたのだと気づいたからだ。

「ただな、欲にも色々ある。信だの義だの徳だのと、これの無い欲は獣と同じだ。
 てめぇの腹さえ膨れればそれで良いってぇ愚かしく浅ましい欲だな。
 近藤や沖田は違う。当然アンタもだ、違うかい?」

セイが必死に首を振った。
自分が楽をしたいという訳ではない。
誰かに褒め称えられたいという訳でもない。
ただ自分が出来る事をして少しでも仲間の役に立ちたいだけなのだから。

「それにアンタが家の中で大人しくしていられるタマじゃない事ぐらい、
 誰もが知っている。むしろじっと大人しくしていた方が、どこか悪いんじゃ
 ないかと心配になっちまうぐらいだろうさ。奥女中みたいにしまい込んだら
 せっかくのアンタらしさが死んじまうって事は惚れた男だったらわかるはずだ」

「だからお芳さんを正式な側室になさらないんですか?」

禅問答のような話から唐突に身近な話題に転換した事で多少気持ちに余裕が
生まれたのか、からかうようにセイが問うと浮之助がニヤリと笑った。

「あいつにこうるさい御殿勤めなんざ向いちゃいないからね。
 おきゃんな町娘が似合いって事だろうよ」

何しろ気の荒い火消しの家の娘だしね、と言葉を継ぎながら話を戻す。

「結局全て承知の上で、アンタを家に閉じ込めておきたいってのは
 沖田の幼稚な独占欲なんだよ、そうじゃないかい?」

閉められていた襖の向こうへと浮之助が声をかけた。
驚いて振り返ったセイの視線の先で襖が開き、バツ悪げな表情を浮かべた総司が
部屋へと入ってくる。

「気づいてたんですか・・・」

「まあね」

ふんっと鼻を鳴らした浮之助が取っ手のついた小ぶりな椀に黒い液体を
注ぎ込んで総司に手渡した。

「これは?」

「外国の飲み物だ。茶のようなもんだね、飲んでみなよ」

先程から漂っていた香ばしい匂いの元がこれだったのかと総司が納得しつつ
興味深げに鼻を近づける。

「泥水・・・じゃないですよね?」

「・・・殴るよ?」

「す、すみませんっ! いただきますっ!」

ジットリとした浮之助の視線に怯えたように総司が一気に口に含み、次の瞬間
畳に叩きつける勢いで椀を置くと部屋を飛び出していった。

「おや・・・やっぱり少し口に合わなかったかね」

くくっ、と笑う男がもう一個の椀に再び液体を注いで、その中に白い塊を放り込み
竹筒から白い液体を流し入れた。
それを手際良くかき混ぜてからセイへと差し出す。

「アンタはこっちが良いだろうさ」

笑いを含んだままの男から受け取った椀をセイがジッと睨みつける。
先程の総司の様子から考えても、あまり口にしたくないとその姿が語っている。

「大丈夫だよ。安心しな」

口元に近づけては躊躇するセイを宥めるように浮之助が勧める。
覚悟を決めて一口含んだセイの顔がパァッと輝いた。

「え? 美味しい・・・」

「だろう?」

満足そうに浮之助が笑う。

「ええっ? だって総司様は・・・」

「慣れない人間が何も混ぜずにそのまま飲めば、すさまじく苦い薬湯みたいに
 感じるんだよなぁ」

「薬湯よりひどいですよっ! 泥水の方がまだマシですっ!」

駆け戻ってきた総司が目を吊り上げて怒鳴りつけた。
口元から襟にかけて派手に濡れている様子から、おそらく井戸端で
散々口を濯いできたのだろう。

「静かにしろよ。ガキが寝てるんだぜ」

これだけの騒ぎの中でも太平楽な祐太ではあるが、総司にしても声を落とす。

「何なんですか、あれは! 私への嫌がらせですかっ?」

「嫌がらせというより、つまらん独占欲に振り回されて、可愛い女房を
 泣かせる男への仕置きだね」

ちろりと冷たい視線を向けられた総司が目を泳がせた。

「判ってるんだろう?」

重ねて問われればそれ以上逃げる事も出来ず、追い詰められた男が頷いた。

「総司様?」

怪訝なセイの呼びかけに開き直ったように口を開く。

「そうですよ。別に武士の妻だからとか、そんな事はどうでも良いんです。
 屯所で働くようになったら、またこの人は『沖田の妻』というよりも
 『皆の神谷』になってしまうんです。それが嫌だったんですよっ!」

がうっ! と吼えるように一気に告げた男は唇を尖らせてそっぽを向いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ガキだねぇ・・・」

言葉も無いセイに代わって浮之助が総司の胸に突き刺さる一言を言い捨てる。

「わかってますよ、そんな事・・・」

「わかってるんなら、いい加減諦めるこったね。清三郎はアンタの手の中だけに
 置けるようなタマじゃないだろう? このじゃじゃ馬を閉じ込めようったって
 無理なこった。なぁ?」

突然話を振られたセイが頬を膨らませた。

「私に言わないでくださいよっ! それにじゃじゃ馬って何ですか、失礼な!」

「ははっ、でもそうだろうさ。月代剃って刀を振り回していたような女子だ。
 今更おとなしく夫に従うだけの妻になれったって・・・なぁ?」

「だから私に同意を求めないでくださいってば!」

セイが眼を吊り上げると同時に総司の肩ががくりと落ちた。

「わかってはいるんですけどねぇ。それでもどうしても手の中に
 抱え込みたくなっちゃうんですよねぇ・・・」

溜息交じりの本音に浮之助も苦笑いを浮かべる。

「まぁ、ね。それも惚れた女子に対する男の本能ってやつかもしれないけどさ。
 で、どうするんだい?」

「土方さんには私から話をしますよ。夫が認めている以上、セイの希望を
 入れてくれるはずですからね」

「総司様・・・」

実際この人がいてくれた方が隊にしても細かい部分で助かるんですけど、
とブツブツ言いながら尚も不満気ではあるが、それでも自分の気持ちを
酌んでくれようとする夫にセイが潤んだ瞳を向ける。

「でも約束してくださいね。貴女は私の妻なんですから、何よりそれを
 一番に考えると・・・。いいですね?」

頷きかけたセイの動きを飄々とした声音が遮った。

「違うだろう? まず何より一番は祐太のおっ母さんって事だよなぁ?」

「あぅ〜〜〜」

「「え?」」

振り返った夫婦の視線の先には、いつの間に目を覚ましたのかパタパタと
機嫌良く手を振り回している息子と、それを抱き上げている男の姿があった。

「え? ええっ? セイの一番は私ですよっ!」

「いいや、祐太だねっ!」

「違いますってばっ!」


「いい加減にしなさいっ!!」

山の神の一喝に男たちが口を噤み、同時に大きく笑い出す。



外は木枯らし。
けれど沖田家は、今日も小春日の温もりと明るさに満ちていた。